草稿をチェックしているときに,はじめから伝えておけばよかった,草稿を書きながら頭の隅にいれておいて欲しかったと思うことをまとめました.自分の博論でもできていない心当たりがありますが,まあそれは15年経って成長したということで.(時々見直してリバイスします)
草稿執筆着手〜締切
ていうか,どうすりゃいいのか見当がつきません.先輩の卒論をマネすればいいですか?
→まず,論文特有の文体を意識してください.これはちゃんと既往研究レビューしていれば身に付いているはずだけど,自分で書く気になってもう一度見直してください.
構成のサンプルとしては,研究室の本棚にある先輩の修論や,何冊かある景観分野の博士論文を参考にしてください.卒論はそれなりにがんばった成果ではありますが,景観研では毎年卒論のレベルを上げているので「このくらいでいいのだ」という到達目標点にはなりません.
このままだと締切までに半分しか進まないです
→草稿を出してもらう目的はいろいろありますが,おおむね以下の通りです.
1)これまでの研究作業から,卒業論文としてのフォーマットに載せ(これは結構大変な作業),本文作成のプロセスに移ること
2)残り1ヶ月あまりで,どこまで到達しなければいけないかの具体的な道のりを把握すること
3)ゼミでは把握できない研究データの全体像や分析・考察の詳細を確認すること
4)緊急手術の必要性を検討すること
だから,途中の図表が完成版でなくても,かならず結論まで書ききってください.
ぶっちゃけ,草稿がテキトウでも,本番までに間に合えば大丈夫ですよね
→いいえ.それは全くもって考えが甘いです.あまりひどい草稿は受け取りません.
草稿を完成させられないということは,本論の提出もかなり厳しいと考えてください.草稿は指導教員が内容を確認し,真っ赤にコメント(文字修正ではないレベル)が入って戻ってきます.草稿出せたらちょっと修正して終わり,ではないのです.草稿の段階で全体像がチェックできないような状況であれば,卒論の完成・提出は危ういです.脅しではありません.
背景・目的
他の文献からの引用をきちんとしろと言われたのですが,どのようにすればいいのかよくわかんないです
→「どこからどこまでの範囲が」「誰の何という文献から引用したものか」が明確にわかることが条件です.引用部はいっさい改変せずに原文をそのまま使うことが重要です.引用部は明確にして「 」にいれるとか,斜体にするとか.長ければ段落ごとインデントするなどの方法があります.書き方の例としては
福井は,景観研究室の卒業生はみな優秀というわけではないが愛すべき存在であることは間違いない8)と述べている.これに対し荻原は,愛すべきかどうかはどーでもよくて,とにかく調査依頼のアポを取ることが重要9)という.これらから景観研究室に関する研究は混乱を極めていると言わざるを得ない.
景観研究室研究は混乱を極めているのが現状である.主要な言説として,福井(2020)8)の「景観研究室の卒業生はみな優秀というわけではないが愛すべき存在であることは間違いない」とする説や荻原(2021)9)の「とにかく調査依頼のアポを取ることが重要」とする説がある.
など,文章のスタイルとしても引用していることを明示するのがポイントです.一方,ダメなのはどこからどこまでが誰の引用で,何が著者(研究者)の意見なのかも判別がつかないものです.
(2)景観研究室研究の現状8)9)
景観研究室の卒業生はみな優秀というわけではない.それはともかく調査依頼のアポを取ることが重要であることから,景観研究室に関する研究は混乱を極めている.
引用の仕方はわかりました.でも読んだ文献が多すぎて,どこから引用したのか忘れました
→それはいちからやり直すしかありません.見逃すことはできないし,救済手段もありません.卒論を始めるに当たって注意したはずです.
「本研究の目的は,○○について調査し,××法を用いて分析し,その結果を考察することである」これで目的は完璧だと思います
→書き直してください.それは研究の手順です.調査・分析・考察するのは手段であって目的ではありません.目的に書くのはたどり着きたい答え,知りたいことが何かについて書くことです.目的の書き方は査読付き論文(※)をいくつか調べてみてください.たとえば次のように.
「本研究の目的は,法政大学景観研究室における卒業論文のテーマがどのような判断基準により決定されているかを明らかにすることである」
「本研究は,日本国内の土木景観を取り扱う研究室における卒業研究テーマ決定時の学生希望と教員意向の関係について明らかにすることを目的とする」
※査読付論文:論文の内容を数名の研究者がチェックした上で必要な修正を加えてはじめて論文集への掲載が認められた論文.たとえば「土木学会論文集」など.景観研の学生の投稿が多い「景観・デザイン研究講演集」は自由投稿で,査読付きではない.
既往研究レビューと研究の位置づけ
既往研究は分野ごとに1編くらいずつ載せました
→勉強不足・作業不足.1編の論文を読んだら当然参考文献は載っているはずで,そこから芋づる式に何編もの論文や書籍が浮かび上がってくるはず.それは春学期に言ったよねぇ.
とりあえず読んだ論文をグループ分けして紹介しました.
→既往研究レビューは研究紹介ではない.その研究の問題意識や立脚点を明らかにした上で,どのような方法でどのような成果をあげているのか.それが自分の研究との関係でどのように解釈できるのかを書く.自分の研究のスタート地点として,ここまでわかっている,ということを説明するものだと考えてもよい.
既往研究を並べて「○○をやっていない」とディスっておき,「だからこの研究をやります」と書きました
→既往研究にはその研究なりの問題意識や背景目的があるので,そういう批判は適切ではない.既往研究に敬意を持ってその到達点を肯定的に紹介しましょう.
既往研究レビューのあとには自分の研究の位置づけを説明することになりますが,それは「既往研究でやってないから」だけでは不十分です.自分の研究は既往研究と同じ立場の延長線上にあって新しいデータや分析の方法でより深い結果に到達しようとするとか,あるいは別の問題意識によってデータを改めて見直すのだとか,そういう説明をしましょう.
考察や結論の段階では,既往研究で言われていることとの関係も説明できるとよいですね.
研究の位置づけとか何のことかよくわかんないんですけど
→「研究の位置づけ」は難しい概念だから,初めて研究論文を書くのに始めからわかっているはずはないと思います.わかってたら凄いですし年齢・経歴の詐称を疑います.
「研究の位置づけ」では,これまでの知の蓄積がどうなっていて,それに対してこの研究が何をどのように付け加えようとしているのか,を丁寧に説明してください.もうすこし具体的にいうと,土木学会論文集の査読要領の評価の観点には「新規性」「有用性」「完成度」「信頼度」があり,それぞれいくつかの具体例があげられています.研究の位置づけはこのうち,新規性と有用性の項目に関連したことを説明してくれればよいと思います.
なお,土木学会論文集の査読要領をざっと読んでもらうと,研究論文としてどのような点に注意しなければならないかがわかるので,一度見ておくとよいと思います.
※査読要領が公開されていないような論文集は一般にレベルが低いので,その点にも注意してください.
研究方法・研究構成
どういう調査(実験)をして,どう分析して研究を進めるか宣言しました
→もちろん結論はそこなんだけど,研究目的を達成するために考えられる手段のなかで,この研究で用いる方法が妥当であることを説明したい.たとえば研究対象の特性や資料の存在,データ取得上の制約条件などから,どうしてこの研究手法(データの取り方,処理の仕方など)をとることがふさわしいのか,ということを含めて説明してください.
既往研究が採用している方法にも言及して,この研究の目的達成の観点から優れていることを説明できるとなおよいですね.
なんか作文がやりにくいです.言葉遣いとかどうしたらいいのか
→この辺で考えておかなければいけないのは,研究のキーワードとなる用語や概念をきちんと整理・定義しておくことです.既往の研究や文献での使われ方も確認したうえで.自分の研究での用語の定義や似たような用語を統一することを考えましょう.研究にとって大事な概念を整理することは研究の構成を考えることに直結するので,作文はやりやすくなるはずです.
たとえば「橋詰」「橋詰空間」←どの範囲まで差すの?違いは?
「市街化」「都市化」←同じものを差している?
「河川空間」←どこの範囲までが河川空間?
「背後地」←どう定義する?空間的に決められるもの?
対象の選定
調査(実験)の対象はいろいろ考えて絞り込みました
対象を絞っていく手順はしっかり説明しなければなりません.絞り込む前のリストをどう作ったか,絞り込みの基準は何か,絞り込んだ結果はどうなったかなど,合理的に理解できるようにしてください.
調査・実験・分析
調査(実験)の手順から書き始めました
→調査・実験は,研究の根幹をなすデータを取得する作業であり,ここがいい加減だと研究全体の信頼性にかかわることになります.だから丁寧に説明し,情報を具体的に見せる必要があります.いきなり手順を書いてしまいがちですが,その前に「どんな情報・データを得ようとするのか」を具体的に説明することが大切です.読む側に「ああ,そういうデータをとりたいのね」とわかってもらえるように.それが「調査(実験)の目的」です.
「やったことを並べて書くだけでは論文にならない」ということは覚えておいてください.
研究の目的と調査(実験)の目的は同じじゃないんですか?
→違います.たとえば,研究の中でアンケートを取るとします.アンケートの目的は(研究の目的を達成するための)データを取ることです.
研究の目的を達成するために,どんな情報が必要で,何をどのように調査(実験)することでそれを得ようとするのかを明確にしてください.
とにかく成果重視で,分析図表をばっちり載せました!
→ちょっとまって.その根拠になってるデータは取得方法や集計方法などを含めて卒論の中で確認できるようになっていますか?論文の根幹をなすのは,正当なデータづくりと操作過程がきちんとわかる分析です.データがどのように取得され,どのように加工・分類されていくのかが読者にわかるようにしてください.元データは大切なのできちんと保管を!
集めたデータの中で都合の悪いものは省きました
→これは要注意.新型コロナウィルスワクチンの治験でこれをやったら大問題ですよね.同じことが景観の研究でも言えます.特定の外れ値が結果に不当な影響を与えることはありうるので外れ値を除いて分析することはありえますが,これをやるときには指導教員と事前によく相談してください.
アンケート結果を項目ごとに集計してグラフにしました
→うん,それは集計ね.分析の前作業です.単純集計で割合がどうなっているのかというのは基礎情報ですが,それを使ってクロス集計(調べてみてね)して,2つの回答がどのように関連しているのかを確認してみることでアンケート結果から得られる意味に迫りたい.
考察
調査(実験)結果を分析してみて思ったことを書いてみました
→考察は調査(実験)結果を抽象化して意味を与える作業です.得られたデータを参照し,それが指し示す意味を説明してください.データに言及しない文章は信頼性・合理性に欠けるため極端にいえば感想文です.せっかく苦労して集めたデータ,分析した結果を大切に使ってください.
これは私が考えたことなんですが…
→研究論文なので,考察には論拠が必要です.どうしてそのように判断できるのか,読む人が合理的に判断できる材料を示す必要があります.あなたがそう考えたとすると,それは妄想ではなくて何かしらの根拠があったはずです.それを丁寧に説明してください.
考察は抽象化だと言われたのですが,データの傾向を説明しさえすればいいんですか
→ひとつひとつのデータや情報を数量に置き換えたり類型化したりして大きな傾向を説明するのはデータの読み取りの中核をなしますが,常に元のデータと行き来して説明できるようにして欲しいです.たとえば「このグラフから○○○の傾向があると言える.具体例として△△△が◆◆年頃に×××した例や,ーーーが調査期間全体にわたって継続的に☆☆だった例がある」のように.
図表のタイトル
図表タイトルは仮なので許してください
→図表のタイトルは,作業内容ではなく主題を示してください.図表が単体で引用されても意味が伝わるように名付けること.それから表のタイトルは表の上,図のタイトルは図の下におくと慣習的に決まっていますので従ってください.
残念なタイトル例)「対象地域における居酒屋のプロット結果」
学生さんの心の声(どこが対象かは本文みればわかるでしょ,自分がやったプロットの成果なんです!大変だったんです)←それはわかりますが,そういうものじゃない.
タイトル改善例)「神楽坂地域における居酒屋分布(2020年)」
草稿チェックって?
草稿チェックって,文章が変だったらセンセイが直してくれるんでしょ.だったら悩まずに送っちゃった方が楽じゃん
→怒りを抑えていいますが(笑),論文がまともに書けるというのは,皆さんが今後就職して仕事をしていく上での基本的なスキルです.残念なことにそれができている学生はそんなに多くない.
で,「人に文章を見てもらう」ときに,自分のできる限りの力を出し切って完成度を上げるのは最低限のマナーです.あんまり酷いものはチェックを入れずに見直しを命じます.
卒論草稿への総評的コメント(抜粋)
2020年度卒論生の草稿へのコメントの一部を抜粋しました(一部改変).こんなコメントが来ることを想定して,先回りして対応しておいてください.
論文とは,論拠となる情報を示して,丁寧に説得的に論を積み上げていくものです.
論文に取り組む上での基本的姿勢として,次のことに十分注意してください.
1)集めたデータの正当性:どのようにして集めたか,それが目的に対して正当で,偏ったor不十分な情報ではないという前提が確保されているか
2)データ加工の妥当性と再現性:目的達成に対して適切で,再現可能な方法によって加工されているかどうか
3)主張の妥当性:主張している考察内容が,データに基づいて説明されているか.
これらが論文の中に不足なく表現され,論理的な構造が明示されているかどうか
情報源や手順をはっきり示さないまま,「自分が把握していること」として書いてしまうのは論文としては致命的欠陥.
どのように調査を行い,どのような情報を得たのかを明示した上で,その内容をまとめ,それらに対してどのような操作を行ったのかがトレースできるように丁寧に記載すること.
論文の根拠となる情報は全て示す.今回については過去の空中写真.これはこの研究の根幹となる情報なので例示ではなく全部出すこと.多すぎれば巻末の補遺に資料として載せる.
「市街化」「宅地化」,「都市計画」「都市政策」などの用語の使い方に揺らぎがある.よく吟味して統一できるなら統一する,使い分けるなら事前に定義したうえで丁寧に使い分ける.
研究論文はやったことをその順に書いていくだけでは足りない.
なぜその研究をする必要があるのか(必要性と既往研究との関係),そのためにどういう方法を選ぶのか,どんなデータをどのように集める(作成する)のか,そのデータをもとにどんな加工をして何を読み取るのか,読み取った結果が研究目的に対する答えとして,既往研究にはなかったどんな新しい答えを導出したのか,背景に対して,なお残っている課題は何かについて説明する.
全体に用語が不正確なものが散見される.図表のタイトルについて,その内容を直接的に表すものにすること.
作業結果のデータを示すだけでは不十分.どのような元データから,どのような作業を経て成果を得たのかがトレースできるようにする必要がある.
はじめの方は論文らしい言葉遣いができていて良い.2章途中くらいから「やった作業の報告」や「調べてわかったこと」が整理できていなくて混乱してくる.
原稿を書く上では,この章(節)でやることが,どのような目的を持っているのか,ということを伝えた上で、研究としての作業の流れを正確に記述する.情報を集める段階,加工する段階,図化する段階,それを解釈する段階をよく意識して,記述を区別して書く.
図表のタイトルがイマイチなのは,これで何を伝えようとしているかが十分意識できておらず,やった作業にしか目がいっていないから.そこを切り替えてくれると多分全体的に良くなると思う.